
| 名称 | プリドゥエン |
|---|---|
| 神話体系 | アーサー王伝説 |
| 所有者 | アーサー王 (アーサー・ペンドラゴン) |
| 製作者 | 不明 |
| 形状 | 盾、または 船 |
| 主な能力 | 船:「この世ならざる場所(異界アンヌヴン)」へ到達する 盾:精神力を回復させる「バフ効果(聖なる加護)」 |
プリドゥエンは、アーサー王伝説に登場する不思議な防具、あるいは乗り物です。
プリドゥエンはある伝説では「聖母マリアが描かれた聖なる盾」として語られ、またある伝説では「異界へと航海する魔法の船」として語られる謎多き名宝です。
アーサー王を物理的な攻撃からも、異界の脅威からも守り抜いた万能の防具(乗り物)の真実に迫ります。
プリドゥエン誕生秘話


プリドゥエンはアーサー王伝説に登場します。
製作者は不明で、異界の宝や神代から伝わる船とされています。
プリドゥエンの最大の特徴は、伝承によって「盾」と「船」という全く異なる2つの姿を持っていることです。
プリドゥエンは船なのか、盾なのか?なぜ変化した?
プリドゥエンはアーサー王伝説が形成される過程で、設定が変化していった珍しい武器です。
- 古いウェールズ伝承では「船」
アーサー王伝説の原点に近いウェールズの詩(『アンヌヴンの略奪』など) - 後の騎士道物語では「盾」
ジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』などが書かれる頃



「船」が「盾」に変わった理由は定かではありませんが、どちらも「王を守り、運ぶもの(器)」という共通点があります
ジェフリーはウェールズの伝承をラテン語に翻訳・再編集しました。
その際アーサー王の持っていた本来の盾の名前「ウィネブ・グゥルチュヘル(Wynebgwrthucher)(意味:夕べの顔)」の発音が難しすぎたため、同じく有名だった船の名前「プリドゥエン」を盾の名前として流用した(あるいは混同した)という説が有力です。
これ以降の中世ヨーロッパの物語では「プリドゥエン=聖母マリアの盾」という設定が定着しました。
プリドゥエンの能力
プリドゥエンには船としての能力と盾としての能力があり、それぞれ単なる頑丈な防具以上の「王を守る」能力があると言われています。



プリドゥエンは直訳すると「美しい姿」「白い形」となるので、船でも盾でも白く美しい形状であったと考えられます
船としてのプリドゥエンの能力


「船」としてのプリドゥエンは、ただ海を渡るだけでなく、多くの戦士を乗せて海を渡り「この世ならざる場所(異界アンヌヴン)」へ到達する能力を持っていました。
霧に包まれた死者の国や妖精の国へ兵士を輸送できる、次元を超越する戦艦だったのです。
盾としてのプリドゥエンの能力


「盾」としてのプリドゥエンの最大の特徴は、内側(持ち手側)に聖母マリアの肖像が描かれていることです。
アーサー王は戦闘中、苦しい時や勇気が必要な時にこの絵を見ることで神聖な活力を得て、決して退くことがなかったと言われています。
つまりプリドゥエンは物理防御だけでなく、精神力を回復させる「バフ効果(聖なる加護)」を持った盾でした。
形状は史実寄りで考えると6世紀ごろに多かった木製で真ん中に鉄の突起(アンボ)がある円盾(ラウンドシールド)であったと考察されます。



物語が書かれた12世紀ごろはカイトシールド(逆シズク型)が多かったので、挿絵などではカイトシールド型が多いです
プリドゥエンの所有者はアーサー王


Charles Ernest Butler – King Arthur.(1903年)
プリドゥエンの所有者はアーサー王です。
アーサー王の名前は「アーサー・ペンドラゴン」で、ブリテンの王で円卓の騎士の主でした。
魔術師マーリンの導きにより選定の剣(カリバーン)を抜いて王となり、最強の聖剣(エクスカリバー)を振るってブリテン統一を成し遂げた英雄です。
「円卓の騎士」と呼ばれる最強の騎士団を率い、ロマンと悲劇に満ちた生涯を送りました。
アーサーの出自
アーサーの父はブリテンの王ウーサー・ペンドラゴンですが、母は部下であるコーンウォール公の妻、イグレインでした。
ウーサー王は人妻であるイグレインに激しく恋をしてしまい、は魔術師マーリンに頼み込み、「一夜の逢瀬(おうせ)」の手引きをさせます。
マーリンは生まれた子供を貰い受けることを条件に、魔法でウーサーを「イグレインの夫(コーンウォール公)」の姿に変身させました。
夫が帰ってきたと思ったイグレインはウーサーと寝てしまい、この結果身ごもったのがアーサーでした。
ウーサーとイグレインは後に正式に再婚しますが、生まれたばかりのアーサーは約束通りマーリンに引き渡されました。


331 The Romance of King Arthur.(1917年)
マーリンは、赤ん坊を忠実な騎士エクター卿に預け、「自分の息子として育てるように」と命じました。
これによりアーサーは自分が王の子であることを知らず、エクター卿の息子(ケイの義弟)として一介の騎士見習いとして育つことになったのです。
アーサー王は実在した?


Arth tapestry2.(1385年)
「アーサー王は本当にいたのですか?」という疑問は、古くから議論されています。
現在の歴史学的な結論は、「モデルになった人物はいるが、魔法を使う伝説の王そのものはフィクション」とされています。
中世の物語に登場するような「輝くプレートアーマーを着て、魔法の剣を持ち、キャメロット城に住んでいた王」は、後世の詩人たちが創作したフィクションです。
アーサー王伝説のベースになったのは、5世紀〜6世紀頃(ローマ帝国が去った後のブリテン島)に、侵略者であるサクソン人と戦った「実在の軍事指導者」だと考えられています。
彼は「王(King)」ではなく、「将軍」や「隊長」に近い存在だったようですが、その英雄的な活躍が数百年かけて語り継がれるうちに、尾ひれがついて「伝説の騎士王」へと変化していったようです。
プリドゥエンにまつわる神話


プリドゥエンは、アーサー王の生涯における「最大の勝利」と「最大の冒険」の両方に関わっています。
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アンヌヴンの略奪(船の伝説)


Kaer sidi.(2023年)
ウェールズの古い詩『アンヌヴンの略奪(Preiddeu Annwfn)』では、アーサー王は船プリドゥエンに乗り込み、異界アンヌヴンへの遠征を行います。
目的は異界の王が持つ「魔法の釜(聖杯の原型)」を奪取することでした。
3艘の船いっぱいの兵士と共にプリドゥエンで異界へ乗り込みましたが、そこは想像を絶する過酷な場所でした。
釜を手に入れることには成功しましたが、異界の軍勢や怪物との戦いで兵士たちは次々と倒れ、生きてプリドゥエンで帰還できたのは、アーサー王を含めてわずか7人だけだったと伝えられています。
ベイドン山の戦い(盾の伝説)


Arthur Leading the Charge at Mount Badon.(1898年)
アーサー王がサクソン人の侵攻を食い止めた歴史的な決戦、「ベイドン山の戦い」。
この戦いでアーサー王は、自身の肩に盾プリドゥエンをかけて出陣しました。
アーサー王は盾の内側に描かれた聖母マリアの姿に祈りを捧げ、神の加護を得て突撃。
この結果、アーサー王はたった一人で960人の敵を倒すという鬼神の如き活躍を見せました。



この超人的な戦果は、聖剣エクスカリバーと聖盾プリドゥエンの力によるものとされています
プリドゥエンが現代作品に与える影響


プリドゥエンは現代の『Fate』シリーズにおいて、船であり盾であるという「二面性」を見事に融合させたユニークな解釈がなされています。
『Fate/Apocrypha』『FGO』でプリドゥエンは、アーサー王の息子モードレッドの宝具「不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)」の一部として登場。
真名解放することで、本来の姿である「王の盾プリドゥエン」に変形します。
さらにこの盾は神話の「船」としての性質も取り入れられており、なんと「波に乗るサーフボード」として使用されます。



盾に乗って高速移動して敵に突撃する姿は、まさに「船であり盾である」という原典の要素を現代風にスタイリッシュに昇華させたものです








